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思い出をしまった場所

ハッピーエンドを思い描いています

春の風に誘われて

しまい込んだ思い出や抱き締めたい寂しさが溢れる、生暖かい夜。


こんな時はいつも、ハナレグミの「おあいこ」が聴きたくなる。

空が遠くて星の瞬きも微かに見えるだけ。


ごめんね

 

思わず声が漏れる。

 

何が正解かは分からないけど、間違えてることだけはよく分かる。

わたしは何処を歩いてるんだろう。

何処に向かおうとしてるんだろう。

 

「恵まれていること」と「幸せ」は全くの別のものなんだって。

きっと、わたしはこの先も「幸せ」とは反対側の道を歩いていくんだろうな。

 

ハッピーエンドとは程遠い、未来だ。









明日の約束

「明日世界が終るとしたら~」と例え話はよく耳にする。

『世界』なんて広範囲の例え話はいつもピンとこない。

 

「明日、あなたの人生が終わるとしたら今日をどう生きる?」

 

わたしは今を余生だと思って生きてるところがある。

いつ人生が終わっても仕方ないと思ってる。

だけど、自分の人生に悔いが無いのかと聞かれたら、悔いだらけだ。

間違いだらけ失敗だらけの人生だし、誇れることも特にない。

幸せと感じたこともあったけど、それが生きる理由にはならない。

だからと言って自分で命を捨てることは、わたしはしない。

 

職場の男の子が若くして亡くなった。

突然の死。

亡くなった原因をわたしは知らない。

彼は最期のとき、何を感じたのかな。

 

わたしたちに「明日」は約束されていない。

例え話じゃなく、向き合わなければいけない現実。

 

「明日」が特別になった今、残された時間をどう生きる?

チョコレートドーナツ

「チョコレートドーナツ」

何年か前から気になっていて、でも観れないでいた映画。

最近観ることができた。

DVDを借りることも買うことも、小さな劇場で再上映をされていて観に行くことだって出来たのに、わたしはそれらをしなかった。

思いがきっと強すぎたんだと思う。

わたしにとってこの映画は大切なものになるだろうと疑わなかったから。

 

Mommyという映画がある。

グザヴィエ・ドラン監督の作品で、ADHDの息子とその母、そして向かいに住む女性が生きづらさや葛藤、苦しみを感じながらお互いを助け合い生活をしていくというものだったけど、ハッピーエンドで終わらなかった。

内容は重くて絶望がいつも隣り合わせにあるような映画だった。


観終わった後、帰り道、電車の中、家についてから、そして数日わたしの中で「ハッピーエンドで終わらなかった映画」はモゾモゾとし続けた。

だけどそれは決して面白くなかったからって訳じゃなくて、わたしの心に深く響いたから。

 

だからきっと「チョコレートドーナツ」もわたしの心に重く響くんだろうと。

 

観終わってから10日ほど経ったかもしれない。

 

1970年代、ゲイの男性(ルディとポール)が育児放棄されたダウン症の少年(マルコ)を養子として引き取るために奮闘するという内容だった。

 

観始めて暫くするとルディがマルコの手を繋いで歩き出すシーンがある。

そのシーンを観てわたしはホッとした。

ルディはマルコを最後まで絶対に見捨てたりしない人なんだと分かったから。

 

とても好きなシーンがある。 

「チョコレートドーナツが好き」と言うマルコにポールが「ラッキーだったな」といって戸棚から持ってきた紙袋を見せる。「食事がドーナツだなんてダメよ」と止めるルディ。チョコレートドーナツを頬張るマルコの笑顔に、穏やかな空気が流れた。

 

何気ない家族のワンシーンだけど、果てしない優しさを感じるシーンだった。


この映画は育児放棄されたダウン症の少年よりも1970年代同性愛者が社会から差別を受けていたという事実について強く描かれていた。(障害者の人権が軽くみられていたということも含め。)

『正しい』とは一体何なのか、分からなくなってしまうような差別社会。

 

ラストシーンはとてもソフトに描かれていたけれどわたしには重たくて暗いラストだった。

今思い出しても苦しさを感じてしまう。


ハッピーエンドで終わらなかった。


わたしの中でモゾモゾを残したこの映画は、きっとこれからも断片的にシーンを思い出させ、苦しみや優しさを感じさせてくれるんだろう。

 

大切な映画がまた1本増えた。

 

まだ雨は冷たいけど

何となく苦しいなあ、って。

楽しかったことを思い出したら、戻ってこない日々なんだなあって。

そしたらまた苦しくなって。

 

こんな日に限って眠れないし。

空は雲で覆われてるし。

沈むだけ沈んだら、また昇ってこれるんだけど。

どうして毎日笑っていられないんだろう。

 

そんなこと考えても仕方ないんだけど。

 

雪解けの土の中から花の芽が顔を出してたの。

春はちゃんと近くに来てるんだなあって。


小さな幸せを感じよう。

そうして前を向いていこう。


雪の降る日、デート。

「わたしを救ってくれる人だ」

会いに来てくれた恋人を見つけたときにそう思った。

 

車から降りてきて抱き締めてくれる。

恋人の匂いに落ち着く。

1ヶ月振りに会うので少しだけ照れちゃう。

 


好きな人というのは、こんなにもわたしの負の感情を取り去ってくれる存在だった??


恋人が特別なのかも知れない。

 

先月下旬から気持ちが休まらなかった。

怖くて不安で、この先もこれがずっと続くんだろうと思うと気分が滅入ってくる。

わたしの人生は、未来は、わたしのものじゃ無いんだと感じたし、それを受け入れないといけないんだと言い聞かせる毎日だった。


「感情を無くしてしまおう。」

本気でそう思っていた。

 

そんな毎日の中で、恋人はわたしに寄り添ってくれていつも気にかけてくれていた。

不安だらけの日々で恋人に優しく出来ないことがあって。

それでも恋人はとても優しくて。

わたしの情緒不安定に動じないでいてくれる恋人が頼もしかった。

 


1ヶ月振りに会う恋人。

電話越しじゃない声にときめく。

顔を見て「愛してる」って言ってくれる。

髪を撫でてくれる手が優しい。

わたしを抱き締めたまま眠ってくれる。

 

心が柔らかくなっていくのを感じた。

久しぶりに心から笑えてる自分がいた。

 


恋人はやっぱりわたしを救ってくれて、幸せな気持ちで満たしてくれた。

スーパーマンみたい。

ずっとずっと、わたしだけのスーパーマンでいて欲しいな。









全ては恋の仕業

恋をするといつもよりも弱くなる。
恋をするととても小さな出来事を不安に思う。
恋をするといつもなら笑えていた場面で笑えなくなる。